桜もいい感じに咲いてきました。
この辺りは、満開の木もあるけれど、全体的には5分咲きといったところでしょうか?
今日は、雨になる予報ですが、明日はまた晴れる予報。
一気に咲き進むんでしょうか?
休みも残り少なくなってきましたが、明日は久しぶりに海へ行ってみようかな。
さて、
なんで、紀和町にやってきてるか?
それはね、ちょっと思いついたことがあったから。
何を思いついたのかって?
以前、「三重県最果て神社巡り」をしたときに、三重県にもいろんな「昔話」があることを知ったんです。
まぁ、日本全国・各地域にそれぞれ伝わっている「昔話・民話」があるわけですが。
三重県だと、「昔話・民話」というよりは、「神話」の方が多いイメージ。
『「伊弉諾・伊弉冉」の「神産み」』や『「天照」の「岩戸隠れ」』
『「天照・天兒屋根」の「国分け」』なんかが有名かなぁ?
今回は、そんな「神話」ではなくて
「むかしむかしうらしまは~」的な「昔話」を調べて訪ねてみたくなった。
そんな感じです。
もちろん、一気に回れるわけではないので、ぽつりぽつりと回ってみようということですが・・・
で、第1回目が、紀和町に伝わる「板屋九郎兵衛」さんのお話。
板屋九郎兵衛さんは、今回訪ねた「紀州鉱山」で330年ほど前に働いてた実在の人物。
九郎兵衛さん、本名は「玉置九郎兵衛」という人で、
南北朝から続く、入鹿の里の鉱山で働く、板屋村の庄屋で、博徒たちの元締めもしていた。

その九郎兵衛さんがお嫁にもらったのは、風伝峠を超えた、尾呂志荘の庄屋の娘「お菊」さん。
このお菊さん、絶世の美女で気立てが良くて、踊りもうまかった。
ところが、九郎兵衛さんとお菊さんの間には子供ができずに、だんだんとふさぎ込んでいくお菊さんを心配して、九郎兵衛さんは「彦八」という男の子を養子にもらった。
お菊さんも彦八をかわいがって、すっかり元気になった。
そんな、仲睦まじい二人だったが、夏のある夜、九郎兵衛さんの勘違いから、お菊さんを殺してしまう。
勘違いに気づいた九郎兵衛さんは、自分の罪を悔いて懺悔し、頭を丸め即身仏になった。
という、悲しいお話。
その時、「つらいときは頼みに来いよ。一度は必ずかなえてやるぞ」
と言い残していったことから、九郎兵衛さんの墓に触ると、願いが一度は叶う
「勝運伝説」として、今も紀和町に伝わっているそうです。




そして、九郎兵衛さんが博打に出かけるとき「でかけるぞ」と言って、
お菊さんの肩をポンっとたたいて出かけると、必ず勝って帰ってきたことから、
お菊さんの墓に触ると、勝負事の御利益がある と伝わるそうです。



「板屋九郎兵衛」熊野市紀和町の民話 ← ここで、お話が紹介されています。
(音声でも聞けます)
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コメント
三重県に住んでいながら、知らないことばかりです。
ほしみさんのブログにお邪魔するようになってから、小鳥にも気にかけるようになりました。(^^♪
いつも、ご訪問ありがとうございます。
実は、地元民にはそれが当たり前になっていて、
地元に事が見えていないんだと思います。
私も、まだまだ知りたいことがたくさんあります。