歴史

トルコと串本のお話

シルバーウィークが終わった 9月24日
和歌山県串本町へ 行ってきました。

本当は 潮岬の近くの海岸でビーチコーミングをしたかったんですが
(一応 潮岬までは行ったんですよ 着いた頃には薄日が射してたし・・・)
大雨警報・波浪警報が発令されていたので 
海岸に降りるのはちょ~っと無理

と言うことで
潮岬のちょっと手前 紀伊大島の樫野崎へ戻りました。


ここには トルコ記念館が建っています。





なぜ トルコかというと



1887年の小松宮ご夫妻のイスタンブール訪問に答える親書を持って
1889年7月にオスマン帝国(現トルコ)を出港した 軍艦「エルトゥールル号」
1890年6月に横浜港に入港します。

オスマン帝国最初の親善訪日使節団として明治天皇を訪問 歓迎を受けた
司令官オスマン・パシャを特使とする一行は
9月15日 台風の時期をやり過ごすようにという日本の申し入れを振り切る形で
横浜港を出港
9月16日深夜 和歌山県 串本町の紀伊大島樫野崎沖で
台風の直撃を受け「船甲羅」と呼ばれる岩礁に衝突・遭難
機関室に浸水して水蒸気爆発を起こしエルトゥールル号は
656名の乗員を乗せたまま 沈没してしまいます。

樫野崎灯台の灯台守をはじめとした 紀伊大島島民は
不眠不休の救助・治療にあたり 69名を救助しましたが 
587名の死者を出す大惨事になりました。

救助された69名は 神戸で治療を受けた後
10月「比叡」「金剛」の2隻の軍艦で神戸港を出港
翌1891年1月 無事イスタンブールに入港しました。



その事故の犠牲者の鎮魂の慰霊碑と
当時の資料を展示している所です。





この日は 雨風が強くて 資料館の先には行けなかったので
慰霊碑は見てこられませんでした。
(傘の骨が折れてしまいました)





残念ながら 館内は写真撮影が禁止だったので紹介できませんが
事故当日の気圧配置図 救助された人たちの診断書 県や国に救援を求める電報 
天皇からのお見舞いの文書 トルコ皇帝からのお礼の文書
海底から引き上げられた積荷などが
展示されていました。

今度 改めて 記念碑なども廻ってきたいと思います。


エルトゥールル号の遭難事故の映画『海難1890』を 
今年 12月公開の予定で 日本・トルコ合作で撮影中だそうです。

他にも
小説 『海の翼』   秋月達郎 著

絵本 『エルトゥールル号の遭難 トルコと日本を結ぶ心の物語』
                 美千子 文  磯良一 絵

漫画 『Teşekkür ederim』   石川雅之 作 画

が あるそうなので こちらも機会があれば読んでみたいと思います。

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コメント

  • 海山好き
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おはようございます。
書き込みありがとうございます。
当日は生憎の雨で聖地に行けず残念でございました。

ブログ少しだけ拝見致しました。
海・山・鳥・虫 その他、
私の興味のある内容ばかりです。
あとでじっくり見させていただきます。

  • ほしみ
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No title

海山好きさん
片道3時間半かけて出かけたので、少しくらいの雨なら、浜に降りてみようと思ってたんですが、さすがに風も強かったので、あきらめてしまいました…
近いうちにぜひもう一度出かけたいと思います

  • リリィで~す
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トルコはとても親日国で、この話をトルコへ行った時に聞きました。そして日本に感謝していて、今でも手厚い看護を受けたことを、学校でも教材にしていると聞きました!

  • ほしみ
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リリィさん
トルコにも旅行されたんですね。
トルコでは小学校の教科書で紹介されているそうです。

125年経っても忘れずに語り継いでもらえるって
素晴らしいことですよね。

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